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「オシムー終わりなき闘い」レビュー

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最近読んだ、オススメの一冊です本


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日本代表監督を務めていた2007年11月に、急性脳梗塞で倒れ、志半ばに故郷ボスニアへ戻ったイビツァ・オシム氏。

そのオシム氏の祖国であるボスニア・ヘルツェゴビナは、多民族国家ゆえの葛藤を抱えながらも、2014年のブラジルW杯で初のW杯出場を達成した。マンチェスターシティで活躍し、ドイツで得点王にもなったエディン・ジェコ選手の活躍は記憶に新しいところ。しかし、その出場までに、ここまで厳しい道のりがあったとは…と驚かされる。

その大きな障壁となったのが、サッカー協会に3人の会長(ムスリム系、クロアチア系、セルビア系)が並立する状況だったこと。かつてユーゴスラビアの一部だったボスニアには主にムスリム、セルビア系、クロアチア系という3民族が共生しているのだ。そして、これが1国家1競技団体1会長というFIFAの原則に反するところとなり、ボスニアは2011年にFIFAの加盟資格を取り消され、すべてのカテゴリーの代表が国際大会に出られない状況になってしまったという。

その状況を解決するため、白羽の矢が立ったのがオシム氏だ。

旧ユーゴスラビアの最後の監督として、他民族で構成されたチームを国際舞台で躍進させた実力者でありながら、紛争の荒波の中でも公平な立場で毅然とした態度を貫いたオシム氏の人望は時を越えて厚く、「サッカー協会正常化委員会長」の責務を引き受ける。
オシム氏は未だ身体に障害は残っているものの、エネルギッシュに協会や政治家を説得して回り、メディアのバッシングなどにも惑わされることなく、監督時代さながらの信念を貫く。その情熱とカリスマに、各サッカー協会のトップも心を動かし・・・ついに会長一元化は成し遂げられ、ボスニアは国際舞台に再び戻ってきた。

政治においては正反対の立場を1mmも曲げようとしない屈強な政治家や民族主義者をも動かした、オシム氏の忍耐強さと使命感には驚かされる。
しかし当の本人は、自分の功績については相変わらず切れ味鋭いジョークで煙に巻く。時にドキッとするような皮肉やブラックユーモアも健在で、嬉しくなった。オシム氏は民族融合という究極の理想を見据えながら、サッカーに何ができて何ができないのか、ということを誰よりも現実的に分析してもいるのだ。


ボスニアは、自国のリーグでプレーする選手(国内組)がいない世界で唯一の代表チームなのだという。それぞれのクラブで主力を担っているため、代表の活動で集まるのも一筋縄ではなく、強化への苦労は想像にあまりある。しかし、代表チームもそのオシム氏の情熱に応えるだけの実力を見せるのだ。選手もそれぞれに紛争の時代の中で力強く生きぬき、代表にまで上り詰めた。インタビューの中で、人間的にも成熟した面を見せてくれる選手は多い。


代表チームが難しい局面を乗り越えていく中で、サポーターの存在の大きさも描かれる。
紛争で住む場所を失い、ヨーロッパ中に散ったサポーターにとって、代表チームは帰る場所、故郷でもある。そういうサポーターが、親善試合などでは遠路はるばる、様々な地域から集まってくる。

一方で、ボスニア内でもクロアチア系やセルビア系の国民は、本国(クロアチア/セルビア)を応援する人が多いそうで、ボスニアの敗退を願うこともあるという。
そんな中、ボスニアの親善試合を応援に来たクロアチアのルーツを持つNBA選手の言葉が心に残った。同じ日にクロアチアもW杯出場をかけた試合があったにもかかわらず、彼はボスニアを応援しにきた。その理由をこう話す。
「クロアチア人としての誇りがあるからこそボスニアを応援しにきた。友人にボスニア人が多く、そして一番近い隣国だから」

感動的だったのは、一部のセルビア系やクロアチア系の人々、中には過激な思想を持つフーリガンや民族主義者と言われるような人でさえも、ブラジルワールドカップでは一緒になってボスニアを応援していたというエピソードだ。表立って応援できなくとも、心に秘めた思いを持っている人もいるのだ、と知るだけでも勇気づけられる。

サッカーとナショナリズムは切っても切り離せないものかもしれない。しかし、だからこそ、隣人と近づくきっかけにもなりうるのだと思う。


常に自分を抑制し、絶対に人前で涙を見せないようなオシム氏が、ワールドカップが決まった瞬間に流した一筋の涙。その意味を想像せずにはいられなかった。

夫を献身的に支えたアシマ夫人、そしてボスニアサッカーを支えた多くの関係者の貴重な証言を贅沢に集めながらノンフィクションは展開されていく。本作を読み終えた後には、重厚なドキュメンタリー作品を見たような充実感も残った。

最終合宿を終えて、ブラジルに向けて出発する代表チームを見送るオシム氏が最後に放つ一言が痛快だ。
「相手に初出場で経験がないと思われているのが、アドバンテージだ。あいつらには凄い経験がある」
そして続く、「サッカーの可能性」についての言及。

より多くの人に読んでほしい作品だ。

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